第五回『木かげの家の小人たち』

振り返ってみると児童書や十代の頃に読んだ本でものの見方が形成された感があり、印象深かった本について一冊ずつ感想を書いていく連載です。

めくるとそこにはいったいなにがあったのか、一緒に考えたり、おのおの思い出してもらえたら嬉しいです。

 

木かげの家の小人たち

 最近生活をしている中で、戦争みたいな嫌なものがぞわっとしのびよってくる感覚が確かにあって、そのぞわっと、というのがどういうことなのかをよく考えてみたいのですが、やっぱりこう、自分の考えを統制する何かだとか、考えを持つこと自体をうしろめたくさせようとする仕組み、が背後から近づいてくるのが、うんざりするほど恐ろしいなあ、と思います。

 ただ、その恐ろしさについてなにも感じずに生活をしてしまうのが、一番避けねばならない事態で、だから、そういう恐ろしさについて言葉にしている本を読んだりしながら、くるりと背後を振り返り、やっぱりこれは避けないと、とその都度固く思います。

 具体的には、小林エリカさんの『女の子たち風船爆弾をつくる』や、 嶋津輝さんの『 カフェーの帰り道』などを読んだとき、戦争を通じて移り変わる時勢の中で、徐々に今までの自分の生活や、考えのあり方が国や世間によって勝手に変えられそうになるさまにぞっとして、二度とこうはなりたくないな、と思い、また、 幼い頃にもこういう心持ちになる本をちゃんと読んでいたような気がして、 子どもの付き添いで行った図書館の、ずらりと並ぶ背表紙の中から手にとったのが『木かげの家の小人たち』でした。

 『木かげの家の小人たち』は、主人公の、少し体の弱い女の子ゆりが、家の中にこっそり隠した小人一家とつかず離れず一緒に暮らしていくという内容で、設定だけだとかなりファンタジーなんですが、主に語られている時代背景が昭和18年ごろから終戦の年までで、時代のきつさと小人のかわいらしさの取り合わせが異様というか、小人、という非現実な存在を通した現実の恐ろしさがひしひしと伝わってくる物語です。

 ゆりの父親、森山達夫は小学生のころ、英語の先生からイギリス生まれの小人一家をひきとります。小人たちには、専用の、よく光る空色のコップがあって、そのコップにミルクをいれて毎日まどに出しておく、というのが小人と一緒に暮らすための大事な約束でした。達夫は、毎日欠かさず小人にミルクを運び、小人たちも達夫を信頼するようになります。
 月日が流れ、達夫は英文学者となり父となり、ミルクをいれる役目を娘のゆりが引き継ぎました。しかし、そのあたりで時代はかげり、達夫は反戦思想の持ち主ということで警察につかまり、ゆりはとまどい、そんな父への反動か、ゆりの兄の信はかなり純粋な愛国心を持つようになります。そもそも小人はイギリス生まれで、そんな小人によくしてあげること自体、私は「非国民」なの……?という考えがゆりの頭にもよぎりますが、ゆりは家でも、疎開先でも、小人たちへのミルクを絶やさないようがんばります。


 物語の軸となるのは、戦争中、「毎日一杯のミルクを小人家族に提供する」ことすらだんだんむずかしくなっていくところです。

 早々に牛乳が手に入らなくなり、ゆりは、粉ミルクを溶かしたり、疎開先の信州では、ヤギを飼っている友達にたのんでどうにかヤギの乳を手に入れたりします。ゆりは、小人たちを守ろうと必死です。そんなゆりを見て、信はいらいらしていました。アメリカやイギリスの歌をうたうことすら禁じられている中で、イギリス生まれの「小人」たちを大切にしているゆりの思いが、まったく理解できなかったのです。

 読んでいて、ゆりの、ミルクを絶やさないようとする執念がすさまじく、もし自分がゆりだったら、こんなことができるだろうか、と少し怖気付きました。ただでさえ食料が手に入りにくい毎日の中で、まわりの空気や兄の言動に流されず、小人を見捨てないことが果たして自分にはできただろうか。

 ゆりの、小人を守ろうという意固地な姿は、反戦思想でつかまった父親が、牢屋の中で必死で生きのびる姿にうっすらと重なります。ゆりも父親も、自分の意見や自分の自由を、失いたくない、他人には渡すまいと、固く誓っているようだと思いました。

 そしてこの本では、そんな現実を描く一方、小人たちが持つコップの描写が本当に美しく、子供のころ読んだときにはもっぱらそのあたりや、小人家族がタバコの空き箱をベッドにしたり、森山家の子どもが使っていたおもちゃの小さい冷蔵庫にほんものの氷のかけらを入れて使ったりとか、そういうところに心を奪われていた気がします。小人たちが小さな体で感じる木々の緑や世界の光のきれいさが、表紙の絵と合わせて、ずいぶん印象に残っています。

 そこまで知識もなかったし、理解できない部分もたくさんあって、最後まで読み通せたかというとさだかではないのですが、小人たちから見る世界の美しさに対して、人々が国や世間に抱かされる思想の不穏さが、やっぱり戦争って避けるべきもの、本来あってはならないものなんだと、ずっと心に残っていた本でした。
 

『木かげの家の小人たち』

ある家の二階に小さな書庫がありました。薄暗い廊下に面したその部屋は、その家の他のどの部屋よりも、物静かな一角でした。古めかしい漢文の本、外国の本が並ぶ小部屋。そしてこの静かな部屋の天井近くに、小人が住んでいたのです……。暗い戦争の影が日本をおおう冬の時代、外国生まれの小人を愛し続ける少女ゆり。いまわしい現実と不安な日々が不思議な魅力を持って描かれる、日本のファンタジーの記念碑的作品です。

 

 

著者紹介

三好 愛 ai miyoshi
装画や挿絵を中心に活動するイラストレーターです。著書に、エッセイ集『ざらざらをさわる』(晶文社)と『怪談未満』(柏書房)と絵本『ゆめがきました』(ミシマ社)があります。
 

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