振り返ってみると児童書や十代の頃に読んだ本でものの見方が形成された感があり、印象深かった本について一冊ずつ感想を書いていく連載です。
めくるとそこにはいったいなにがあったのか、一緒に考えたり、おのおの思い出してもらえたら嬉しいです。
初めて災害にふれたのも本の中でした。
『ぼくのじしんえにっき』は、小学校の主人公がつけている絵日記目線で進む児童文学です。
冒頭、少年が塾にいるときマグニチュード7の地震が起こり、何人かの友達が目の前で死に、電気も水道もとまってしまい、買い占めが起こり、感染症が流行り…という災害における一連の恐怖が子どもによる淡々とした口調で語られます。「まどのそばにいた豊田くんと、富子ちゃんに、とんできたガラスがささって、血がいっぱいでた。」「きのうの夜、スーパーで、『ぼうどう』があったんだって。」「でも、かかりのおばさんが、めいぼをしらべていて、『よその町の子には、水はあげられません』といった。」など、それまで夢のある物語ばかり読んでいた私にとって、現実でない世界にリアルな恐怖が持ち込まれることは、かなりの衝撃でした。本作では、災害の中での少年の心の成長も描かれていて、それがストーリーの軸にはなっているのですが、関東大震災を下敷きにしていたであろう、地震が起こったあとの詳細な出来事の生々しさのほうが、ずいぶん心に残りました。
それを読んだのは、小学校1年生だった1993年のことで、あまりにも怯えた私は「こんなことあったらどうしよう」というタイトルの読書感想文を自主的に書いて担任の先生に提出しました。先生からのコメントは「そうなってもいいように、いつもひなんくんれんをしているんですよ」という、ただの大人みたいな回答で、今から考えると課題でもない読書感想文を読まなきゃいけなかった先生もさぞかし面倒くさかっただろう、とは思うのですが、なんかでも、そういうことじゃないんだよな、と当時の私は思いました。私がこの本の内容で受け止めきれずに怯えてしまったのは、地震そのものというより、大きく揺れたあとにやってくる混乱や恐怖でした。確かに避難訓練はしていたし、小学校の校庭にやってきた起震車に乗り、揺れの体験もしたことがあって、地震というものは知っていました。でも、避難訓練も起震車も、揺れて、机の下に隠れて、それでだいたいおしまいでした。だから地震は、揺れたときに、なにかの下敷きにならならなければ、それで助かってOKなんだ、と思っていました。地震のあとになにが起こるかなんて、想像したことがなくて、その想像したことがないものがこの本の中では、かなり克明にかかれていました。
翌々年、1995年に阪神淡路大震災が起こったとき、「震度7」という言葉に妙に聞き覚えがあったのは『ぼくのじしんえにっき』のせいだったと思います。ニュースで繰り返し流れる、傾いた高速道路の様子や、信じられないような建物の破損におののくとともに、その映像がとられた空撮の視点に、これは、あくまでニュースを見ている私たちの視点にすぎないんだ、と思いました。そこには、当事者でない自分の、どうにもできないやるせなさがありました。
やるせなさは、そこにいる人たちの気持ちをできるだけ想像することでしか解消のしにくいもので、想像するための手立てとして、『ぼくのじしんえにっき』を読んだ記憶がありました。地震のあとの、現地での混乱や恐怖を、私は『ぼくのじしんえにっき』の主人公の目線を借りて、懸命に想像しました。豊田くんと、富子ちゃんに、とんできたガラスがささって、血がいっぱいでたとき、そのできごとに呆然とするしかなかった「ぼく」の気持ちを、関西にいる誰かの現実に置き換えました。
想像したからなにかの助けになったわけではもちろんないですが、大きな出来事が起こったときに、小さな目線も同時に感じておかないと、バランスが悪いな、と思います。そのことに気づくきっかけを、私はこの本からもらいました。

『ぼくのじしんえにっき』
大地震で町がメチャンコになった!そのときのことをぼくはえにっきにかいた。
こども目線で淡々と描かれる厳しい場面が、阪神淡路大震災、東日本大震災を経験した今、リアルに迫ります。