第二回 生活の実力

左右社の営業部員が、エッセイを通して短歌を紹介する連載。会社でカメのかめ吉を飼っています。#カメ短

 生活の実力

引っ越したい引っ越したい引っ越したい引っ越したい引っ越したい。これまでになく引っ越しの意欲が高まっている。

 

社会人2年目の春、仕事に追われるなか実家を出てひとり暮らしをはじめた。世田谷区、駅徒歩10分以内、新築物件。こう書くと聞こえはいいが、もう少し情報を足すと景色は変わる。

 

1階、ゴミ置き場の目の前の部屋、自転車置き場なし、ワンルームX畳、長さ180センチのマットレスしか置けない中途半端なロフトあり、クローゼットなし(だからそのロフトの下に仕方なく服を置いている。そのせいで湿気がヤバい。古着がすぐにカビる)。

 

いわずもがなすこぶる悪条件だ。今思えば絶対にここじゃない感きわまりないのだが、その当時はなぜだか新築に住むことが最優先事項だったのと、そもそも内見したときに二日酔いだったのがいけなかった。

 

昨晩の私と今朝の私との引き継ぎミスにより二日酔い   三田三郎『鬼と踊る』

 

内見をさせてくれた仲介業者のチャッキチャキの女性がちょっと怖くて、いくら二日酔いでも新築物件にはぜったいに嘔吐できないぞ!という緊張が走った。それで結局「ここにします」と口走ってしまった過去の自分を殴りたい。

(嘘です!辞めます!違います!)

 

さらに契約日には寝坊までしてしまい、この女性にピシャリと叱られる始末……。

 

インスタグラム上では、激狭物件でも工夫をこらして素敵に暮らしている方々をたくさんお見かけするが、まぁ私の生活の実力ではとうてい無理だろう。

 

年々だらしなさに磨きがかかり、ポストを平気で1〜2ヶ月間開けないまま放置してしまったりするようになった。それでいて、たまった期限切れのクーポン付きチラシなどは無意味に冷蔵庫に飾ってみたりして。ポムポムプリンのマグネットで。

 

生活を組み立てたいが手元にはおがくずみたいなパーツしかない    三田三郎『鬼と踊る』

 

ひとり暮らし3年目までなぜだか炊飯器が家になかったのだが、会社の先輩から誕生日に〈レモン絞り器〜ハンドジューサー〜〉をいただいたことによって、主食は炊けないのにラグジュアリーにレモンだけはめちゃくちゃ絞れる人になってしまった。

 

わけもなく家出したくてたまらない 一人暮らしの部屋にいるのに   枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』

 

私の場合「わけ」は大アリだが、唯一わが家で気に入っている点があるとすれば、それは暗証番号式の玄関だ。親友の家にも恋人の家にも、ピッピッ♪と暗証番号を入力してズカズカと上がり込む韓ドラの主人公のように、ピッピッ♪ライフをエンジョイしている。

 

……が、そういえばこの暗証番号も、現在の推しではなく”三つ前の”推しの生年月日で設定しており、それすらも更新を怠っていることを思い出す私であった。

※こちらかなり前に書いた原稿でして、やっと引越しはできました!(涙)しかしながら、比較的お高めの炊飯器がたったの1年で壊れてしまい、また米が炊けなくなりました!(涙)

 

 

著者紹介

神山樹乃
1997年生まれ。出版社左右社で、主に営業(たまに編集)を行う。韓国のヒップホップ好き。U-NEXTでヒップホップサバイバル「SHOW ME THE MONEY 12」をリアルタイム視聴中。そういえば短歌好きにラップ好きも多いですよね。

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