この連載は、京都で生まれ、東京で働き、今のところ福岡にいる書店員の私が、読んだ書籍や思い出した日々のことについて綴るエッセイです。
生活のなかで、とぎじるのように流れていくような些細なことがらを書いています。
海外ドラマ「アリー my Love」で、主人公のアリー・マクビールがラリー・ポールに「書き置きのメモ」で振られるシーンがある。弁護士どうしの恋愛で、こんないい大人が大きな付箋みたいなメモで恋人を振ることがあるものなのか……と、当時まだ告白されても、振られてもない中学生だった私は衝撃を受けた。
紙切れ1枚の、すぐにでも捨てられるようなものでいとも簡単に関係性を反故にされる主人公というのも、この場面での大きなポイントであったように思う。
それから20年ぐらい経ったある日、2年ほど付き合った人に話し合いのうえ、まっとうな方法と思われる手順で別れを告げられた。激しく落ち込み、振られた日とその翌日に着ていた服のことすら憎くなり、しばらくして捨てた。
失恋と仕事と家事を同時に行わなければならないという社会生活というものが信じ難かった。
自然消滅、大喧嘩……どんな方法で振られてもつらいことに変わりはないのだが、書き置き1枚で振られるよりはずっとましなのかもしれない。
振られた翌々日の晩、何も起こっていないという顔をして書店の遅番勤務に出かけた。同じ日の中番勤務だった当時の店長は、くだんの私の元恋人に会ったことがあった。どういう経緯だったか、西新宿で一緒にカレーを食べたのだった。
「振られたので、今後その話題になるべく触れないでほしい」ということを店長に伝えたところ、彼は「そうですか、わかりました」と神妙な面持ちで答え、私たちはそれぞれの持ち場に戻った。
閉店作業を終え、控室に鞄を取りに行くと、小さな紙切れに「元気出してください!」と書かれたものが置かれていた。
元気は出なかったが、なぐさめが胸に染みた。
振られるメモと励ましのメモは、書き置きの両極端の使い方としてどちらも記憶に残っている。
悲しいことが起こった時、同じような背景を持つ小説やドラマや映画を探そうとする。
どんな風に乗り切ったのか、忘れたのか。フィクションでもいいから、どうやって回復したのかを知りたいから。でも、そう都合よくは見つからない。
別れてから何年か経って、「文學界2021年2月号」に掲載されていた津村記久子の「レスピロ」(『うそコンシェルジュ』新潮社)を読んだ。あのときの私に読ませたい作品だったな、と感慨深く思ったのを覚えている。
ちなみに、「アリー my Love」で主人公のアリーのもとを去ったラリー・ポール役のロバートダウニーJrは、ドラマの撮影中に薬物で再逮捕されそのまま降板した。
ロバートダウニーJrはその後、アベンジャーズで大ブレイクして、今も素敵に活躍している。
『うそコンシェルジュ』津村記久子(新潮社)
「レスピロ」は、ダブルワーク先の夜勤で一緒に働いている年上の同僚が、スペイン語を勉強し始めたきっかけを、だいぶあとになって知るというはなし。本作以外にも、姪を助けるために考えた1つのうそをきっかけに、主人公がうその考案を頼まれるようになっていく表題作、「うそコンシェルジュ」などが収載された11篇の作品集。