この連載は、京都で生まれ、東京で働き、今のところ福岡にいる書店員の私が、読んだ書籍や思い出した日々のことについて綴るエッセイです。
生活のなかで、とぎじるのように流れていくような些細なことがらを書いています。
大学生のころ読んでいたファッション雑誌には、胸が大きくなるパットみたいなモノの広告が掲載されていた。
あるとき、大学の基礎演習が同じというくらいの、そこまで親しいわけではない距離間の友人に「この商品を一緒に買って試してみないか」と誘われた。お得だからとか、2個セットだからというわけではなく、ただ購入するのが不安だからという理由で一緒に買うことを提案されたわたしは、確かに胸は大きくなかったかもしれないが、そこまで切実に気にしていたかというと、そうでもなかった気がする。
きっと効かないだろうけどもしかしたら……というあまい夢を抱いてふたり同時に注文したそれは、胸にはめるブラジャーのようなパットで、いまいち着け方の正解がわからないまま日常や就寝時に着用していた。友人からはその後、「1サイズ大きくなった」と報告があったが、私は不真面目に使用していたのか効果が実感できず、変わらない胸のまま4年間の大学生活を終えた。
実家から自転車で20分くらいの大学に通学していた私は、下着の引き出しの奥にそのパットを隠し、隠れて洗濯するなどしてコソコソとやりくりしていた。ところがそののち、パットの販売元である会社から定期的に、サプリやパットなどのカタログが私宛てに届くようになる。これは誤算だった。届くたびに母から、「これは何か」と疑われてはとぼけるというやり取りが続き、就職して実家を出たあともしばらくそのカタログは届き続けた。
イ・ユリの短編集『ウエハース君』収載の「リプレイする日」のなかに、主人公が学校の売店で「胸が大きくなるという噂を信じ飲み続けていたイチゴ牛乳」を買うというくだりがあり、すっかり忘れていたその一連の出来事を思い出した。やっぱりどの国の学生の間にもそういう言い伝えみたいなものは存在するのだな、とちょっと懐かしい気持ちになった。
そういえば、キャベツや鶏肉をたくさん食べると大きくなるという話もあった気がする。大きくならなくても、とりあえず健康にはなれそうだ。
『ウエハース君』イ・ユリ 著 渡辺麻土香 訳
感情のサブスクリプションサービスが開発され、毎日の気分のBOXが家まで届けられる「トゥデイズ・ムード」や、結婚した私のもとを、結婚していない私が訪ねてくる「アナザーストーリー」など、14作の韓国のSF小説集。さまざまな国の文学を日本に紹介するシリーズ「I am I am I am」の第4弾で、このシリーズはどれもおもしろいです。